余命を告げられたら

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

昨日は富山市民病院で開催された

EGGsカフェに参加してきました。

このEGGsカフェとは

医療従事者だけでなく、

医療とは全く関係のない職業の方から専業主婦の方まで

年齢、性別関係なく、話し合える場所です。

今回のテーマは「余命を告げられたら」

自分が余命を告げられたらどうかな?

と考えるいい機会になりました。

自分の価値観を押し付けない

私は普段看取りの現場で働いていますが、

日頃から気をつけているのは

私にとっての死の価値観を

利用者さまやご家族に押し付けないこと。

私の価値観や生き方、考え方が

あなたとは違うように、

死に対する捉え方、考え方が違って当たり前。

それが頭では分かっていても

ご家族に意見を求められると

自分が良いと思っている方向の話をついついしてしまう。

(もちろん、そうならないように気をつけてはいますが。。。)

看護師として、

利用者さまやご家族の想いが叶えられるように

常にフラットな姿勢で話をしたいと思っています。

立場が違っても相手を尊重する

今回、EGGsカフェに参加して

いろんな立場の方のいろんなお話を聞くことができました。

自分の価値観とは違う人の意見に触れ、

その想いも尊重する。

そうすることで、考えかたや視点が広がる

とても良い機会になりました。

あなたに余命が告げられたら

せっかくなので、少し想像してみて下さい。

私の場合はまず思い浮かんだのが

家族のことです。

特に夫のこと。

きちんと生活できるかな?

寂しく感じないかな?

なんて心配しました(笑)

死は恐怖なのか?

死ぬことは未知でことであり、

死ぬことに対し恐怖を感じるのはわかります。

まさに、主治医から余命を宣告されて

急に死を意識した場合

恐怖に襲われることがあります。

最期まで死を受け入れることができない方もいれば

死を受け入れる方もいらっしゃいます。

もちろん、どちらがよくて、どちらが悪い

という議論ではありません。

私は亡くなると、

向こうの世界に行って

しばらく会っていなかった

(亡くなった)父や祖父たちと

会えるような気がしています。

だから、死=恐怖

という感情がありません。

いまのところですが。。。

亡くなったらどうなるのか?

なくなったら父に会える

というのはもちろん私の想像でしかありません。

仏教では輪廻転生(りんねてんしょう)といい

なくなったら、新しい人生、生まれ変わる

という考えかたがあります。

キリスト教では天国に行くという考え方があります。

↑かなり大雑把な言い方になりましたが、、、

このように、信じる宗教によって考えかたは違うのです。

信じるものは救われる

余命宣告を受けた場合、

かなりの衝撃とショックがある思います。

しかし、その時または

その後信じるものや信仰があると

心の持ち方が変わってくると思います。

どんな宗教を信じるかは、あなた次第ですし、

宗教をおすすめするわけではありませんが、

余命を告げられてから、

宗教を心の拠り所となる場合も少なくはないのです。

日本人は無宗教と言われていて

宗教に興味があると、

良くないイメージで見られがちですが

海外では自分の信じる宗教があって当たり前です。

私自身も無宗教で、

都合の良い時だけ仏教、神道、キリスト教になりますが

信じるものは救われる

という言葉は本当なのだと思っています

死は自然の摂理

人間は生まれて、そのうち必ず亡くなる

これは、自然なことです。

しかし、亡くなることの話をするのは

ネガティブなことと捉えがちです。

でも、あなたにも、私にも必ず死は訪れます。

人間は致死率100%の生き物です。

毎日忙しいかもしれませんが

ゆっくりと考える時間を作ってみるのも良いと思います。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする