生と死は同じもの

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【生と死は同じもの】

私は15年前、

看護学生の時に聞いた言葉を今でも

覚えている。

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人は生まれた瞬間に死に向かって歩んでいる

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初めてこの言葉を聞いた時、

突然、後ろから思いっきり

バットで頭を殴られるほどの

衝撃を受けたのを今でも覚えている。

当時の私にとって、

「生」と「死」は対極なものだったからだ。

しかし、

看取りの現場にいて、

多くの方の最期を見送らせて頂く

経験をさせてもらえた今ならば、

この言葉に納得がいく。

違和感なく、

ストンと心に入ってくる感じ。

看取りの現場は怖いですか?

私は看取りの仕事をしている

と人に話すと、

「大変な仕事ですね。」とか

「怖くないですか?」とか

よく言われる。

大変な仕事

と言われるのは、

なんとなく想像できる。

でも、

「怖い」とは

どういうことなのだろう。

といつも思ってしまう。

生と死は一直線上にしかない

今の私にとっては

「生きる」ことも、「死ぬ」ことも

あまり違いはない。

人生という枠のなかでは

生きることも、死ぬことも

一部でしかない。

未知なるものは怖い

しかし、

現在の日本人の多くは

「死」は特別なものである。

と思っている。

死は遙か遠い先のもの

人は未知なものに恐怖という感情を抱く

と聞いたことがある。

きっと「死」も

この類に入るのだろう。

だって、生きている全ての人は

死んだことがないんだから。

そして、

病院で亡くなることが当たり前の

この日本では昔以上に

死は未知なるものだろう。

病院でなくなるのが当たり前の日本

自宅で亡くなるのがあたり前だった時代は

今の日本に比べて、

ここまで死が遠いものではなかったはずだ。

だから人は

死は怖いものだと感じるのではないだろうか。

↑これは私の勝手な解釈ですのであしからず

しかし、

多くの方の最期に関わらせて頂き、

「死」は怖いものだという感情が

私の中から少しずつ消えていった。

それは、私が「死」というものを

知ったからだろう。

もちろん、私は死んだことがないし、

余命宣告をされたことがあるわけでもない。

だから、その方々の気持ちが100%解るか?

と言われたら、

どんなに解りたいと思っていても、

100%は解らないかもしれない。

でも、

多くの方の最期の瞬間に立ち会えば、立ち会うほど、

死の恐怖という感情は薄れていく。

数秒前まで、呼吸をしていて、

心臓が動いていて、

まだ身体が温かいその人を目の前にして、

「怖い」とは思えない。

むしろ、ただ眠っているだけなんじゃないか

とも勘違いしてしまうくらいだ。

穏やかに、眠るように最期を迎える

それが私にとっての死のイメージ。

IMG_0430

自宅の前の桜並木です。

春が来ましたね(^^)

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