はじめまして

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【はじめまして】

はじめまして。

8年間で300名以上の看取りケアを行ってきた、

西島迪恵(にしじま みちえ)です。

ナースが終活をお伝えするブログとして

【終活ナース相談室】を立ち上げました。

よろしくお願いしますm(_ _)m

しかし、

病院や施設で病気の方のお世話をする看護師が

なぜ、終活をお伝えするのか?

疑問に感じたかもしれません。

自己紹介を兼ねて、お伝えしていきますね。

看取りケアナースとして見てきた現実

私は看護師として約8年間看取りの病棟で

高齢者の人生の最期のお世話をする仕事をしてきました。

これまで約300名以上の方の人生の最期を見送ってきました。

利用者さま、ご家族との関わりの中で感じたこと。

それは

「もっと、自分がどこで亡くなりたいのか?

どのように亡くなりたいのか?

をきちんと考えて、それを家族で話し合うことが当たり前になったらいいのに。」

ということでした。

私の働いている施設では

基本的には「平穏死」を勧めています。

平穏死とは、

その言葉の通り「平穏に最期を迎える」ということです。

自然に穏やかにあの世へと旅立っていく。

生命の終わりには、死を先延ばしにする延命治療を受けないという選択肢もあります。

出典:「平穏死10の条件 」長尾和宏著(株式会社ブックマン社)

平穏死については、今後詳しくお伝えしていきます。

利用者さまが入所した際に、今後状態が悪化した場合、

施設での看取り(平穏死)を望むのか?

それとも、急性期病院でも積極的治療(延命治療)を望むのか確認します。

そのお話をお聞きすると、

ほぼ100%近くが、ご本人さんの意思ではなく家族の意思で

その最期を決めるケースなのです。

私の施設では入所される利用者さまは認知症を患っており、

自分の意思では判断できない方がほとんどなので

それは仕方のないことなのですが、

==============================

ご本人さん(利用者さま)が元気な時に

最期の話(延命治療などについて)は一切話し合ってしていない

ご家族がほとんどである。

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ということなのです。

私の父が殺された話

話は変わりますが、

私の人生にはこれまで「死」という言葉がつきまとっていました。

それは、これまで話してきたように

看取りケアナースとして多くの方の最期をお世話させて頂いている

という理由の他にもワケがあります。

私が19歳の時の話になります。

私は高校を卒業後、就職もせず、進学もせず

今で言うフリーターをして毎日遊んで暮らしていました。

その当時の私は

「その日が楽しければそれでいい。

その日遊べるお金さえ稼げればそれでいい。」

と思っていました。

20時ころまでバイトをして、その後遊びに行って

朝方に家に帰る。という生活を送っていました。

そんな生活をしていたので、家族と顔を合わせることも

ほとんどありませんでした。

そんな時、父が脳に良性の腫瘍ができ手術することとなりました。

主治医からは「簡単な手術ですぐに治る」と聞かされており

家族もさほど心配していませんでした。

父は手術をするための検査の為に自分で車を運転して

病院へ行きました。

私はその日は自宅におり、

玄関で「いってきます。」という父の言葉をリビングで聞いていました。

それが父の最期の言葉になるとは思ってもおらず、

私はその日も何事もなくアルバイトに行きました。

アルバイト中ものすごい形相で母がアルバイト先に

私を迎えにきました。

そして

「お父さんの意識が戻らない。」

と聞かされたのです。

私はその言葉を聞いても理解できませんでした。

しかし、病院につきベッドで横たわっている父の姿をみて

その意味をようやく理解することができたのです。

父は検査のためにある薬を注射したら、意識が戻らなくなったそうです。

父に声をかけても、目を開けることもなく、返事をすることもありません。

私が手を握っても、握りかえすこともありませんでした。

ただただ、ベッドで寝ているだけでした。

その後、主治医から脳死状態にある。

と聞かされました。

そして、その出来事があってから約7日後に父の呼吸が止まりました。

(今では考えられませんが)

父の呼吸が止まった際、主治医は家族の同意や同意書もなく

勝手に人工呼吸器を父につけました。

そして、さらにその7日後父の心臓が止まったので

人工呼吸器を止め、父は永眠しました。

後悔との戦い

私は父が病院に入院中から、

そして亡くなってからものすごく後悔しました。

私は一人っ子で、父に可愛がられていました。

しかし、思春期になり、高校を卒業し段々と家族という存在が

疎ましく感じていました。

父から受けた愛情に感謝することも、

何かとして返すこともできませんでした。

もっと、家族を大事にすればよかった。

もっと、父と話をしておけばよかった。

もっと、父と過ごす時間をとればよかった。

もっと、ありがとうを言っておけばよかった。

あの時こうすればよかった。

あの時ああやっておけばよかった。

と後悔ばかりが頭をよぎりました。

しかし、亡くなった人は帰って来ないのです。

時間は戻らない、

亡くなった人は帰ってこない。

という現実を実感したのです。

私が終活を通して伝えたいこと

私はこのような後悔をもうしたくありませんし、

あなたにも後悔してほしくないなのです。

あの時私は本当に辛かったです。

辛いとう言葉で片付けられないくらいです。

私は父の死を通して

後悔しない生き方

意識するようになりました。

だから、

人生においてやりたいことはチャレンジした方がいいと思っていますし、

大事な人にはきちんと「感謝」伝えられる時に伝えたい

と思っています。

時間は戻りません。

今の私ができることを先延ばしにせずに、「今」しなければ

「次」はないかもしれないのです。

だからこそ、

「終活」という「人生の棚卸し」を通して

あなたには後悔のない人生送ってもらいたいと思っています。

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