父を殺した医師を許せた理由

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【私が父を殺した医者を許せた理由】

前回の記事の続きです。

過去の記事を読んでくださった方は

ご存知だとは思いますが、

(その時の記事はこちら

私は19歳のときに父を亡くしました。

父は、検査の途中で意識が無くなり、

そのまま緊急入院となりました。

そして、その2週間後に亡くなりました。

父は検査の最中に、ある薬を注射されました。

その数分後に、意識が亡くなりました。

その話を聞き、

【父は医師に殺された】

と思いました。

私の怒りは医師に向かいました

その医師に向けられた私の怒りは、

何年も収まることはありませんでした。

怒りを抱えた数年は、

本当に苦しかったです。

父を亡くした悲しみや後悔の他にも、

怒りという感情を抱えながら生活する

というのは、

笑っていても、心の底から笑っている感じがしないし、

ふとした時に、その様々な感情が湧き上がってきます。

私は父が殺された病院に看護師として就職しました

それは、復讐したいとかそのような意味ではなく、

私が住む地域は田舎で、就職先の選択肢が少なかった。

ただそれだけです。

就職して2年目の冬

看護師の先輩の送別会がありました。

その先輩は

「あんたはあの時の娘さんだったんだね。」

と私に言いました。

初めは、何を言っているのかわかならなかったのですが、

その先輩は、父が入院していた時、

その病棟で働いていたそうです。

そして、父のことを覚えていたそうです。

そして、

「知らなかったとは思うけど、

 あの時、先生は毎日、夜中でも2時間おきに

 病棟に来てたんだよ。」

と言われました。

怒りの感情が溶けていくのを感じた

その言葉を聞いて、

私の心の奥底にずっとこびりついて

取れなかった怒りの感情が

溶けて、なくなっていくのを感じました。

私は、頭では

医師が父を殺したのではないことはわかっていた。

でも、父が亡くなった悲しみや怒りを

どこにぶつけて良いかわからなかった。

その怒りを医師にぶつけていたのかもしれない。

しかし、医師の立場を考えたことはなかったし、

考えようともしなかった。

信頼している先輩から伝えられたことも

よかったのだと思う。

先輩は、何気なく私に言っただけかもしれない。

しかし、

その何気ない一言が私の心を癒やしてくれた。

逆に、その言葉がなかったら

18年近く経った今でも

その医師を許せなかったかもしれない。

先輩看護師の一言で、私の心の中に何が起こったのか?

先輩の言葉で、私の中でパラダイムが起きた。

要は、私は私自身が見たい現実しか見ようとしていなかった。

私にとって都合の良い現実=医師が悪者

本来はそうではないことも、心のどこかで気がついていた。

でも、それを一生懸命気が付かないようにしていた。

全くの他人である先輩看護師から聞かされた、真実で

私は目が冷めた。

医師から見た、現実を知った。

医師だって、わざと父の意識をなくそうとしたわけではない。

だれもが、医師自身さえも、

予測できなかったことだ。

そう思うと、

あの時の医師の気持ちはどうだったんだろう。

あの時の医師は、今どうしているんだろう。

などと、急にその医師のことが気にかかった。

事実は一方から見ていると、間違った捉え方をしてしまうことがある

今回のことで、私は学んだ。

私が見ている事実は、真実ではない。

私が見ている反対側にいる人の目からも見ないと

真実は見えてこない。

いろんな角度から物事を捉えないと、

昔の私みたいに、ずっと怒りを抱えたまま

生きていかなければならない。

それは、とても辛すぎる。

人を許す技術を手に入れれば、

きっと人生は楽になるだろう。

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