最期について考えると時間の儚さに気がつける

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【最期について考えると時間の儚さに気がつける】

 昨日、富山市民病院で開催された

 EGGsワールドカフェに参加してきました。

 

 このカフェは、

 誰もが迎える人生の最期に

 どのように向き合い、行動するか?

 

 を様々立場や業種の人が集まって話し合う場。

 今日のテーマは

「遺志の聞き方・伝え方」でした。

 

 

 

 私はこれまで約7年間で300名の方の最期をお世話する

 仕事をしてきました。

 

 私たちが行なっているのは

 「平穏死」

 

 

 つまり、痛いこと、苦しいことをせずに

 穏やかに人生の最期を向かえることを

 お手伝いしています。

 

 

 

 昨日はこのカフェに参加し、

 様々な人の意見を聞きくことができました。

 

 その中で感じたことは

 自分とは違う立場から見た

 「死」の捉え方は違う。

=====================

死」の捉え方は人それぞれであって良い。

 

 でも、共通していることは

 

 人生の最期に後悔したくない

=====================

 ということでした。

39歳でガンになり、臓器提供をされた患者さま

 また、私が印象に残っていたのは

 ある病院のターミナルケア病棟で働く看護師さんのお話です。

その方が担当されていた患者さまは39歳という若さで

ガンで亡くなられました。

しかし、その患者さまは角膜の臓器提供を希望していらっしゃいました。

自分は若くしてこの世を去るけれど、

それでも誰かの為に役にたてるなら。

という思いだったそうです。

その患者さまが亡くなられ、臓器提供の専門家の方が

患者さまの眼球を持っていかれたところまで

看護師さんは最後まで見届けたと

言っていらっしゃいました。

亡くなられた患者さまは39歳であり、

ご両親もご顕在でした。

自分の子供が自分よりも先に亡くなるのは

非常に辛いことです。

その辛さを抱えながら、

お子さんが希望している、子供の最期の願いを叶えるべく

臓器提供の書類にサインをするには

本当に覚悟がいったことだと思います。

想像しただけでも、涙が出てきます。

しかし、人の死に関わる仕事はそのような場面に出くわします。

そのような場面でケアをしていらっしゃるその姿に

本当に尊敬します。

そして、お子さんの臓器提供の書類にサインをされた

ご両親にも敬意を評します。

もし、私が自分の子供に先立たれ、

臓器提供を子供が希望していたとてしても

親としてサインできるか自信がありません。

親子で最期の話ができる環境を作りたい

 

 日本では「死」の話をするのは

 まだまだタブー化されていて

 

 親子で最期の時の話をすることは

 一般的ではありません。

 

 しかし、死を意識することで

 生きてい時間には限りがあり、

 実は大切であるということに

 気がつけるのではないかと思います。

 

 

 後悔しない人生を送るために、

 明日からの人生を輝けせるために、

 

 

 そのきっかけとして「終活」や「エンディングノート」

 を書くことが当たり前になる世の中に

 なればいいなぁ

 なんて思っています。

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