わかってくれる人に私はなりたい

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【わかってくれる人に私はなりたい】

私は老人保健施設で看護師をしています。

私が働くのは通称:看取りの病棟

状態が悪化された方が多く入所されています。

以前は、認知症などの理由から寝たきりになり、

徐々に老衰で亡くなられる方が多かったのですが

最近は、ガン疾患による看取りケアも増えてきました。

ガンの最期といえば、痛みのイメージが強いと思います。

実際、病院ではありませんが

痛みを取るために麻薬も使います。

ガン疾患で入所されている方は

重度の認知症を患っている方はほとんどおらず、

意識がはっきりしてて痛みや辛さ

そして、もうすぐ自分に死が迫っていることも知っています。

そんな人の気持ちに私は看護師としてどれだけ近づけるのか

日々勉強と実践の繰り返しです。

教科書には「相手の心に寄り添い、傾聴する」なんて

たったの一行で書かれていることが

死を目の前にしている人の前ではそのたったの一行が

簡単にはいかない。

その方は、自分がもうすぐ死ぬと知っていた

肝臓ガンで、お腹に水が溜まり(腹水)

妊婦さん以上にお腹がパンパンに腫れている。

幸い痛みは少ないけれど、

ベッドでじっと横になっていられないくらいのだるさが

波のように押し寄せたり、引いたりしてくる。

その方は、

「もうすぐ死ぬんだから、早く殺して」

「誰も面会にきてくれない」

と面会者や看護師の話に聞く耳を持たず

いつも怒っていた。

怒りの裏側にあるのも

はじめは、私はその怒りの真意が解らなかった。

その方が死を間近にし、それを受け入れられない怒りなのか

ただわがままを言いたいだけなのか

それとも、私達のケアに対する不満なのか

その方が話す言葉に何か返答しなければ

と必死だった。

しかし、それは違うと気がついた

その気付きがあってから私はその方の話す言葉に耳を傾け

ただただ話を聞き、無理に返答するのをやめた

その方が無言になれば、無理に話をせず

私もただその方のそばで無言で身体をさすった。

そうやって同じ時間を共有しているうちに

ポツリポツリとその方が本当の思いを話し始めた

ただ寂しかった

それが怒りの裏側にあった本当の気持ちだった

寂しい気持ちを誰かにわかってほしくて、それが怒りになり

わがままという形になった。

その感情は死を間近にした人だけではない

例えば恋人と喧嘩をした時

女性が男性に対して怒っている時、心の中では

「なんでわかってくれないの?」

って思っている。

わかってほしいのに。その気持と裏腹に

わかってもらえない現実に腹が立つのだ。

それと同じだと思う。

誰に理解されたい

わかってほしい

ただそれだけなのだ。

看護師の仕事は患者さまから教えられることがたくさんある。

そして、生涯学びが必要な仕事だ。

上手くいかないこともたくさんある。

でも、死を間近にした人の「わかってくれる人」に私はなりたい。

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